2008年5月1日木曜日

北見にベンチャー企業は生まれるか

㈱情報通信総合研究所 情報流通グループ
経営研究担当シニアリサーチャー 渡 辺 康 夫

要 約
2001年4月から1年間、北見工業大学の客員教授として北見市の主として起業家にインタビューを行い、北見市のベンチャービジネス創業の環境がいかなるものかを調査し、北見工業大学がどのように支援すべきかをまとめた。
昨今のベンチャーブームの背景には、競争力を失った企業を市場から退出させ、競争力ある産業・企業を育成するという、いわゆる産業構造の改革がある。これまで、既存企業による産業構造改革の試みも成功しなかった。また、わが国の開業率は長期的に低下傾向にあり、最近では廃業率を下回る状況である。このような状況からの脱出を図る目的でのベンチャービジネスであるから、ベンチャービジネスは単なる生業ではなく、わが国産業の発展に寄与するものでなければならない。
では、北見市ではベンチャービジネスの現況はいかになっているのか。今回のインタビューからの知見のひとつは、当市の起業家といわれる人たちの多くが北見市出身で、都会でのビジネスマン経験を持ち、あるときに家庭の事情で戻って来ざるを得なかった人たちであった。逆にいえば、特別な家庭の事情のない多くの人たちは、この地を去っていき、人材不足が産業の発展を妨げるのである。
また、これらの起業家たちは北見市の風土が新規参入者に冷たい、排他的であるという。しかし、完全なよそ者である起業家は、そのような扱いを受けていなかった。その理由は、今回の調査からは明らかでない。
3つ目の知見は、北見市を代表する経済人が、異業種交流組織といった形態をとりながら新規事業の創出に努力を重ねていることである。しかし、その実績を見ると、必ずしもベンチャービジネスとして有望な製品が生み出されたとはいえない。資金面でも、これらの小さな新規事業に必要な資金は地元でも調達が可能のようであるが、本格的なベンチャービジネスが現れたときに資金を負担する能力があるのかどうかは疑問である。
このようにみてくると、北見市でベンチャービジネスを創出することは、かなり難しいようにみえる。しかし、これらが北見市固有の事情かといえば、おそらく全国の地方自治体に共通ではないかと思われる。したがって、いかにして北見市にベンチャービジネスを興すかを考えることは、わが国のベンチャービジネスをいかにして興すかを考えるのに等しい。そこには金融、税制、一極集中型の社会構造、教育などわが国の社会システム全体が関わっており、簡単に解決する問題ではない。
このような環境のなかで、北見工業大学が貢献できることは何か。1つは、もちろん技術的な支援である。ビジネスに結びつく技術を開発し提供することである。2つ目は大学と
いう権威による支援である。大学が何らかの形で参加しているということが、権威付けや安心感を与えることになって、ビジネスを興しやすくする。しかし、これは一つ間違うと、ミスリードすることにもなるので慎重さが必要である。3つ目は、ベンチャービジネスに挑む人たちに対する精神的な支援である。ベンチャービジネスは、そのかなりの部分が失敗して倒産するものである。その人たちが、世間から冷たい目で見られないような環境作りが必要であり、それをリードできるのは権威ある大学ではないだろうか。
1. 今、なぜベンチャーか
日本企業の、それも日本長期信用銀行、日本債権信用銀行、北海道拓殖銀行、山一證券ヤオハン、マイカル、そごう、ダイエー、青木建設、殖産住宅といった大企業の経営破たんが続いている。大企業ことに金融機関などは絶対に倒産することはないと信じていた日本人の常識は、いまや根底から覆されたのである。
金融機関、ゼネコン、流通業だけでなく業績悪化は、いまや全産業ともいえる状況が続いている。日本を代表する日立、東芝、NEC、富士通といったハイテク型大企業も実質赤字決算に追い込まれている。自動車産業でもトヨタ、本田技研以外は世界的な再編成の中に巻き込まれ、日産は仏ルノー、マツダは米フォードによって再建中である。
中小企業はといえば、デフレ経済の中で売上減少に苦しみ、かつ金融機関の再編や再建にともなう貸し渋り、資金引き上げで倒産が続出している。そして、いまや失業率は過去最高の5%台となり6%に達しようかという勢いである。
このように1990年代に入り、いわゆるバブル経済が崩壊して10年余、政府は、ありとあらゆる再建策を策定し、莫大な財政赤字をも省みずに既存産業やそれを構成する中小企業、大企業の活性化に膨大な資金や努力を投入したにもかかわらず思ったほどの効果はあがらなかった。また、産業構造審議会では新規・成長分野を予測し、新産業、新成長分野への産業の誘導を試みたが、これも必ずしも成功したとは言えない。
新日本製鉄の例をあげるまでもなく、大企業が事業構造の転換を目的として始めた新規事業の多くが失敗に終わった。優秀な大学を優秀な成績で卒業した人たちを集めた企業なら、どんな分野の事業に進出しても成功するという考えが、単なる妄想・神話でしかなかったことを示すと同時に、これらの「壮大な挑戦」は新規事業を立ち上げるのに古い企業体質・システムが、いかに妨げになるかを白日の下に晒す結果となった。
これは、わが国が第二次世界大戦後に築き上げた「日本型資本主義」ともいうべき経済体制の敗北ともいうべきものである。わが国が戦後、高い経済成長率と低い失業率を保ってこられたのは終身雇用制によるところが大きかった。制度と呼ぶにしては何の法的根拠もないという批判もあった終身雇用制だが、できるだけ雇用を確保しようとする姿勢が経営にあったことも事実である。そして、それら大企業が産業の盛衰にあわせて事業内容を転換さえできれば、わが国は「英米型の資本主義」をしのぐ「日本型資本主義」を築けるはずであった。ところが、そうはいかなかった。
そこで、国の政策も既存企業の再活性化に軸足を置いていたのを、徐々に新たなベンチャー企業の輩出へと軸足を移してきている。その象徴的なものが、1995年4月に施行された「中小企業創造活動促進法」である。これは、従来の弱者救済型ではなく「著しい新規性を有する技術」や「研究開発成果の利用」などの可能性ある企業を「創造的中小企業者」として認定し、さまざまな支援を行っていく制度である。さらに、国は各都道府県に「ベンチャー財団」を設立し、間接的ではあるがベンチャー企業への投資や社債引き受けに道を開いたのである。そして、その総仕上げが1999年秋の「中小企業・ベンチャー国会」で成立した中小企業基本法の改正および一連の政策である。
このように、わが国が経済発展を続け雇用を確保するためには産業構造を転換する必要があり、そのためには新規事業の創出が不可欠であることが認識された。しかし、既存企業からは新たな事業が創出されない。この実情を踏まえて、ベンチャービジネスの創出がいま脚光を浴びているのである。
2. 開業率の低下
ベンチャービジネスを国家挙げて支援しようという背景には、わが国の開業率の低下という問題もある。開業率とは簡単に言えば、新たに開業した個人・法人等が1年間にどの程度の割合であったかを示す指標で、下表に示すように、わが国の開業率は長期低下傾向にある。それにもまして、昭和60年代後半以降に開業率が廃業率を下回ったことが大きな問題である。これは、事業所の総数が、わが国全体として減少傾向にあることを示すものである。
図表 わが国の開業率・廃業率の推移
出典)2001年版中小企業白書
最新のデータである平成8年から11年の3年間のデータを総務庁の事業所統計で見てみよう。日本全国で新規に開業した事業所の総数は約74万件なのに対して、廃業した事業所数は約106万件で、この3年間に約30万件の事業所が減少している。これに伴って、従業員数も減少している。新設事業所の従業員数が約628万人なのに対して廃業事業所の従業員数は約717万人で、約89万人の雇用が消滅している。さらに存続事業所でも雇用を減らしているので、この間の雇用者の減少は約370万人にのぼる。
これを北海道でみてみると、同じ3年間の新設事業所数は約34千件、廃業事業所数は約49千件で約15千件の減少である。従業員数では約26万人の雇用創出に対して約33万人の消滅で差し引き約7万人の雇用が減少している。さらに存続事業所の減少分も加えると、約18万人の雇用が減少している。
同様の視点で北見市を見てみると、同じ3年間に新設事業所は655件で、廃業事業所数904件を249件下回っている。従業員数も新設事業所で5,378人増加したのに対して廃業事業所の従業員が6,582人で差し引き1,200人ほどの減少である。既存事業所の減少分を加えると総計で約3,500人の雇用が消滅している。
開業状況、雇用状況は全国的にみて、かなり厳しい状況にあるといえるが、それでは北見市が全国的にみて見劣りする状況にあるのだろうか。人口1,000人当たりの新設事業所数を求めてみる。下表の「開業の割合」をみると、北見市あるいは北海道は、東京都には及ばないものの全国平均を上回っている。北海道や北見市が、この点で特に見劣りする状況にあるわけではないことに注目すべきである。
図表 新規開業の割合
人口開業数開業の割合北海道5,718,93234,3116.0全国126,919,000742,1215.8東京都11,823,029105,8058.9北見市110,4526555.9開業の割合:人口1000人あたり開業数
出典)総務庁「事業所統計」および厚生労働省「人口動態調査」から作成
3. ベンチャービジネスの定義
ベンチャービジネスとは何か。新規事業なら何でもよいのか。生業としての魚屋やラーメン屋もベンチャービジネスなのだろうか。否である。どうしてか。それは現在、国の政策としてベンチャー支援を行う背景には、それらのベンチャー企業が先々大企業に育つ、あるいは産業として大きな雇用創出につながることを期待しているからである。そうでなければ、国家が支援する必要はない。特別な支援がなくとも、毎年、少なくとも数十万件規模での新規事業所が生まれているのである。ベンチャーは、その誕生時には小規模な企業であっても、その目標は壮大でなければならない。経営者とその家族が食べていければよ
いと考えるような家族企業を育成することが、わが国の目標ではないからである。
では、ベンチャー企業とは、どのように定義されるのか。早稲田大学の松田修一教授によれば、下図のようにベンチャー組織は「営利型ベンチャー(企業、組織)」と「非営利型ベンチャー」に大別される。営利型ベンチャー組織には、独立型ベンチャー、個人形態、企業革新型ベンチャーの3種がある。企業革新型ベンチャーというのは、企業がすでに存在し、既存企業の革新を目的として新規事業に挑戦するときに、社内ベンチャーを設けたり、社外に別会社として社外ベンチャーを設立するものである。これに対して独立型ベンチャーは、文字通り独立企業で、株主が自ら経営する完全独立型ベンチャーとベンチャーキャピタルやエンジェルが出資する独立支援型ベンチャーの2つに分けられる。個人形態というのは企業形態をとらない小規模なものを指す。
一方、非営利型には法人形態と個人形態が存在するが、前者としてはNPO(Non Profit Organization)に代表されるような介護、医療、教育、環境等の分野で活躍する組織があり、後者としてはボランティア団体などがある。
図 ベンチャー組織の体系
非営利型ベンチャ
独立型ベンチャ
企業革新型ベンチャ
社内ベンチャー
社外ベンチャー
個人形態
営利型ベンチャ
完全独立型ベンチャー
独立支援型ベンチャー
ベンチャー組
出典)松田修一監修「ベンチャー企業の経営と支援」
ここでは、非営利組織は議論の対象とはしないことにする。それは、政府の政策目的から考えて必ずしも相応しくないからである。では、独立型ベンチャー企業および企業革新型ベンチャー企業とはなにか。それぞれの定義がどのようになっているか、松田教授の定義をみてみよう。
独立型ベンチャー企業とは:高い志と成功意欲の強いアントレプレナー(起業家)を中心とした、新規事業への挑戦を行う中小企業で、商品、サービス、あるいは経営システムに、イノベーションに基づく新規性があり、さらに社会性、独立性、普遍性を持った企業。
企業革新型ベンチャーとは:高い志と成功意欲の強いイントラプレナー(社内起業家)を中心とし、企業革新を目指して新規事業への挑戦を行う組織で、商品、サービス、あるいは経営システムに、イノベーションに基づく新規性があり、さらに社会性、独立性、普遍性を持った組織や企業。
以上から、現在わが国が求めるベンチャービジネス、ベンチャー企業というのは、個人の欲望を超えた高邁な志をもって天下国家のために活動するものであることが分かる。
4. ベンチャービジネスの創出からみた北見市の現況
今回、北見市のベンチャーとおぼしき企業10社のインタビュー調査を行った。このインタビュー調査から浮かび上がった北見市の現況をベンチャービジネスの創出という視点から概観する。
4.1 インタビュー調査対象のプロフィール
インタビュー先の企業をタイプ分けすると、創業者が経営している「創業者企業」と創業者の縁者が後継者となっている「後継者企業」になる。今回のインタビュー対象企業のうち前者に分類されるのは、A、B、C、Dの4社で、これらの企業の経営者達は一応、起業家に分類される。一応というのは、現業の社長が兼任という形を取っている場合もあって、典型的な創業者企業には分類しにくい場合もあるからである。見方を変えれば、現業における「企業革新型ベンチャー」ともいえる。
後者に分類されるのは、E、F、G、H、Iの5社である。このうちE、Fは完全な後継者企業で、先代の残した事業分野をそのまま継いでおり、起業とはまったく無縁である。それに対してG社は父親の残した事業を引き継ぎながらも、その後に事業内容を時代に趨勢に合わせて変更している。そしてH社は、事業内容を父親が決めたうえで2人の息子達を就職先から呼び戻して経営にあたらせるという変則的な後継者企業といえる。I社は、社長が叔父さんの死後、その事業を継ぐところから始まった。多角化を進め、現在では多くの異業種経営に携わっている。これらの経営者達は、自らの手腕で新たな事業へと転進してはいるが、あくまでも後継経営者であって、厳密な区分では起業家ではない。10社目は社団法人なので記述は除外した。
4.2 起業家の平均像
このように、インタビューした方々のうちビジネスを自ら立ち上げた経営者は半分以下ではあったが、そのことによって、かえって北見市の経済界の縮図を見渡すことになったのではないだろうか。わずか10社のインタビューだけなので、北見市の置かれた状況を間違いなく理解できたかと問われたら必ずしも自信はないが、そこから得られたものは、わが
国の地方都市の平均像であったようだ。
ここでいう平均像というのは、次のようなものである。北見市では、子弟それも優秀な子弟であれば東京など大都市の大学へ進学し、そのままそこで就職する。大半が、みな北見出身で都会に出て就職した経験をもつ。彼らと同じように都会生活あるいは大企業での生活を送った人々の多くは、おそらく北見市に帰ることはないのであろう。その結果として、北見市は人材不足に陥る。「優秀な男は都会に出て行く。女性は優秀でも北見に残る。そのため、北見市では優秀な女性と優秀でない男性が結婚することになるので離婚率が高くなる」という、まことしやかな話を聞かせてもらった。もちろん冗談であろうが、そのような傾向を完全に否定しきれないところがあるのかもしれない。
いったん大都市へ出て行った方々のうちの一部が北見に戻って事業を興したのであるが、そのきっかけは父親などの病気や死亡などで後継者として白羽の矢が立ったからである。父親から事業の跡を継ぐようにいわれて大企業を退職したG氏、父親の死をきっかけにG氏同様大企業を退職して新たに事業を立ち上げたA氏、やはり東京でシステムエンジニアをやっていたのを父親の病気を機に北見市に戻って事業を起こしたB氏、大手企業に勤務していたI氏は叔父さんの死亡を機に後継ぎとしてオホーツク圏に戻ってきたのである。H社のH兄弟の場合は父親の病気や死亡ではないが、父親が自らの新規事業実現のために息子2人を呼び戻したのである。それまで兄は旭川で建機のセールスマンを、弟は東京でシステムエンジニアをしていた。
4.3 新規参入を拒む土地柄
このようにみてくると、これらの企業家のほとんどが、自ら進んで北見市で事業を興した人達ではないことが分かる。その点で変り種なのは、C社の女性起業家である。彼女は、ご主人の転勤を機に北見に移り住み、この地が気に入り永住を決意して仕事を続けている。確かに、彼女の事業は必ずしも立地が北見市でなければならないという性格のものではない。この地が好きという理由がなければ、いつでも他の土地に移転しても事業に影響はない。
他の3社も必ずしも北見市内の仕事をやっているわけではなく、周辺地域や東京などからの仕事が事業の中心を占めている。そこにもまた、地方都市の一つの事情が隠されているように思われる。その一つは、地元に大きな需要がないということである。
北見市という土地柄は新規参入者を好まず、新規事業に対する妨害行為もないとは言えないと聞く。同業者の仕事を奪うからという理由では必ずしもない。出る杭は打たれると言うことなのであろう。尤も出過ぎた杭は打たれない。その点で、唯一妨害などにあったことがない、聞いたこともないというのはC社女性起業家だけであった。
あくまでも推測の域を出ないが、そこには既存産業と新規産業の戦いがあるようだ。この土地の有力な既存事業といえば公共事業に大きく依存する土建業である。一方、新規参入者はソフト系の事業が多い。前者が現在、公共事業投資の規模が縮小して厳しい状況にあ
るのに対して、後者は今後の成長が期待される産業である。後者の台頭によって、これまでの北見市の産業構造が転換され、公共事業依存型産業の存続を危うくするという危惧の念があるのかもしれない。
また、いわゆる地域の名士となるための権力闘争があることも想像に難くない。この土地の有力者である既存産業の経営者たちにとって新規参入者は、土地の名士の座を狙う有力候補である。そこで、このような状況を快く思わない人たちによる排除の力が働くのではないか。それでも何とか事業を軌道に乗せることができたのは、顧客が北見市以外にいるという目立たない事業形態の企業なのかもしれない。
北見出身者で都会から戻ってきて起業した人たちに対して冷たいにもかかわらず、よそ者のC氏にはあまり圧力がかからない。地域の既存産業に影響を与えない、名士としての地位を脅かす存在ではないと思われているのか、あるいは単に女性であるとの理由からだけなのか、そこは不明である。いずれにしても近年、新たに起業し成功している事業の大半が、顧客を他の地域に求めるという共通点があるのである。
4.4 北見市は特殊か
北見市の産業といえば薄荷と玉葱といわれる程度で、市の経済を支えてきたのは主に国からの公共事業であった。その公共事業も昨今の構造改革によって、今後の姿は不透明である。地元の人の多くは都会に出て行き、「人がいないから産業が育たない、産業がないから人が集まらない」という悪循環のスパイラルにはまり込んでしまっている。事業を興すのは主に、都会でビジネスに携わっていながら父親の病気や死亡を機に地元に戻った人たちである。しかし、その人たちも小資本でかつ地元の産業と競合しない事業でしか生きのびるチャンスが少ない。
このようにみてくると、北見市はベンチャービジネスに対する環境がまったく整っていないように思われる。新規事業の創出に努力を重ねてきたE社社長は、どのような見方をしているだろうか。彼は異業種交流によって新製品開発を行う組織の代表であり、この組織はこれまでにも幾つかの事業化を実現してきた。
そのE氏は、われわれのインタビューに答えて「北見市に新規産業を興すのに、いま不足しているのはヒトである」という。彼の立場からすれば、これまでも上記のような製品を生み出してきたし、そのための資金も自分達が十分手当てしてきている。あとは、事業化を強力に推し進める「ヒト」が不足しているというのである。ただうまくいっているといわれるものにしても、雇用の創造といった国の目標に結びつくような事業に育つ商品・事業だといえるのだろうか。これらが、北見市経済界のクラブ活動の域を脱していないように感じたのは筆者だけだろうか。
また新規事業立ち上げに対して、小額の出資ではリスクも少ないし、新しい波に乗り遅れまいとする人たちが、われ先に出資を申し入れても不思議ではない。だが、これが例えば一時のユニクロ(ファーストリテーリング社)のように急成長を遂げる企業で、そのスピ
ードにあわせた出資ということにでもなれば、地域内での資金調達はかなり困難であることは想像に難くない。結局、国が目指すベンチャービジネスの規模を考えれば、「ヒト・モノ・カネ」の全てが不足しているのではないだろうか。
しかし、以上述べてきたようなベンチャービジネスを興すにあたっての問題点、障害は北見市独特のものなのだろうか。わが国の地方都市が等しく抱えているのではないだろうか。この点を詳しく調査したわけではないが、だからこそ日本全体としてベンチャービジネスの創出に困難を極めており、その育成に躍起となっているのではないのか。
5.北見工業大学の役割
日本全体として新規事業を興す気運に欠けるという問題の根底には、これまでのわが国の金融、税制、一極集中型の社会構造、教育などの社会システム全体が関わっており、一朝一夕で解決するものではない。こういった状況のもとで、北見工業大学が北見市のベンチャービジネスの創出にどのような点で貢献できるかを考えてみたい。
貢献の第1が技術的な支援であることに異論はないであろう。具体的に、どのようにしてビジネスに結びつく技術を開発するか、ビジネスにまで結びつけるかといった点に関しては、素人である筆者は述べることを控えることにする。
貢献の2つ目は、大学という権威による支援である。出資者を募ることを考えると、その背景には、事業そのものや経営者、出資者の信用だけでなく、やはり大学が何らかの形で加わっているという権威が大きいように思われる。このような権威付けは、地方では特に重要と思われる。起業に権威付けすることは、リーズナブルな範囲で今後も続けることが望まれるが、ベンチャービジネスは、その多くが倒産するものであるという事実も肝に銘じておくべきで、大学が経営にタッチすることは避けるべきである。特に、技術者が経営にタッチしようとするのは無謀である。冒頭で新日本製鐵の例を挙げたが、ビジネスマンとして経営管理をしてきた人たちでさえ、業種業態が異なるだけで起業に失敗するというのが一般的な実態である。
3つ目の重要な役割は、士気の高揚である。ベンチャービジネスは倒産するものである。そこで失敗した者を社会の敗北者とする気風のなかでは、チャレンジャーは育たない。チャレンジする姿勢を賞賛する気風が世の中に育たない限り、チャレンジャーは輩出されない。信賞必罰であり経済的な負担は本人が負うにしても、名誉、名前といった何らかのリターンを用意する必要がある。その点で大学の果たす役割は小さくない。積極的にチャレンジした者の姿勢を称え、できれば一種の英雄を作り出すこと、それが大学にできる最大の貢献かもしれない。 完

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