2008年6月9日月曜日

知的財産権の保護は競争力をつける切り札か?

出典:日本の論点
[知財戦略についての基礎知識]

知的財産権の保護は競争力をつける切り札か?

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低下する日本の産業競争力
 日本の産業競争力がいかに低下しているかは、スイスに本部を置く経営開発国際研究所(IMD)による総合競争力ランキング(二〇〇二年四月時点)がよく 示している。一〇年前に第一位だった日本は三〇位にまで落ちているのだ。かつて「通商白書」が指摘した通り、日本がアジア経済を牽引する時代はもはや終わ りを告げ、アジア諸国が激しい競争を繰り広げる時代を迎えているのである。
 読売新聞社が実施したアンケートによれば、日本の主要企業の約六五%が製品をコピーされるなどの知的財産権侵害の経験があり、被害の三分の一は中国で発生していた(読売新聞二〇〇三年五月四日付)。
こうした状況に歯止めをかけ、日本の競争力を回復させようと政府が打ち出したのが「知的財産戦略」である。二〇〇三年三月には「知的財産基本法」が施行、内閣府に「知的財産戦略本部」が設置され、小泉首相が本部長に就任している。
 知的財産とは優れた発明や技術、デザイン、ブランド、さらに音楽、映画などのコンテンツといった、いわば無形の情報である(図表参照)。IT時代には、これら知的財産の価値はいっそう高くなる。そこで付加価値の高い知的財産を創造できる環境を整えて、知的財産を国際競争力強化の切り札にしていこうというのが政府の目論見である。


知財戦略とは何か
 二〇〇三年七月、政府は知的財産創造を産業の基盤にするための「知的財産推進計画」をまとめた。推進計画は、(1)特許紛争などを専門に審理する「知的 財産高等裁判所」の創設、(2)大学の知的財産本部への支援強化、(3)映画やアニメなどコンテンツ産業振興のための資金調達支援などを骨子に二七〇項目 からなる。そして二〇〇五年までの向こう三年間で実施に移して、日本を世界有数の知的財産大国に仕立てることを目指している。
知財戦略本部の事務局長をつとめる荒井寿光事務局長(元特許庁長官)は、計画推進の重要性についてこう強調している。〈知的財産をどう保護・活用して競争 力を高めていくか。その国家戦略がなければ、日本は米国などに後れを取り、中国から追い上げられる。推進計画を数年以内に実行し、成果を上げないと国際的 な技術競争に負けるだろう。計画の具体化では関係省庁の枠や前例にとらわれず、大胆な仕組みを目指したい〉(朝日新聞二〇〇三年七月九日付)。
  産業界では、こうした政府の意気込みを歓迎する声が高い。御手洗冨士夫キヤノン社長は、次のように述べている。〈一つのアイデアを生んで、開発し、新しい 商品を生むには莫大な時間と投資がかかる。それを模倣されたのでは、投資の回収ができない。自分たちの知恵の産物を特許で権利化し、まねされないように身 を守る。これは産業として当然の行為なのだ。日本は付加価値の高い製品を作り続ける以外に道はなく、付加価値を付加価値たらしめる前提が、知的財産権の保 護なのだ〉(朝日新聞二〇〇三年八月一〇日付)。
 二〇〇三年七月、米ハドソン研究所から刊行された日本のシンクタンク、アジア・フォーラム・ ジャパン(AFJ)のレポート「知財立国実現に向けて」は、日本の知財戦略のなかで日米政策協調の問題が見落とされていると指摘している。たしかに知財を 重視する政策で世界の先頭を走っているのはアメリカであり、日米は中国という共通のライバルを持っている。経済安全保障の観点からして日米の協調は重要だ といえる。同年九月に東京で開催された「日経知的財産フォーラム」において、このことはアメリカ側からも指摘された(日本経済新聞二〇〇三年九月九日 付)。


著作権の場合
 知財推進計画には工業所有権だけでなく、著作権などの保護・強化も織り込まれている。特許権と著作権は、同じ知的財産権ではあるが、性質が異なる。著作 権は著作物を創作して発表した時点から権利が発生するが、特許権は特許庁に出願して審査を通らないと権利が発生しないからである。その著作権について、角 川書店の角川歴彦会長は、こう訴える。〈パソコンとインターネットの普及で、誰でも簡単に音楽や映像をコピーできるようになった。放置しておくとコンテン ツ産業は成り立たない。一昨年頃から音楽の無償配布ソフト「ナップスター」が騒ぎになったが、ブロードバンド(高速大容量)通信が普及して電子書籍や映像 の配信が普通になれば、出版や映画界にも脅威だ〉(日本経済新聞二〇〇三年七月一六日付)。


保護強化で利益を得るのは誰か
 日本経済再生の切り札として期待される知財戦略だが、一方には、今回の計画推進案の目玉となっている「知財高裁」が米国の連邦巡回控訴裁判所 (CAFC)のまねであるように、知財戦略が米国の二番煎じであり、日本の実状を見据えていない知財の保護強化は本末転倒の結果を招くとの見解もある。
  スタンフォード大学のローレンス・レッシグ教授の指摘は手厳しい。〈著作権の期間を延長することによって、利益を得られるのはアメリカだけです。アメリカ から輸出される著作物は多いけれど、アジアの国々では同様の利益は得られません。追随するメリットは皆無です。新しい著作物を作ったり、よい方法で流通さ せたいというインセンティブがないのに、自分から負担を背負い込む人はいないでしょう〉(「中央公論」二〇〇三年二月号)。


公共性への配慮
 ところで特許権にせよ著作権にせよ知財権には保護期間が設けられている。それは、特許による排他独占権が無期限に保護されれば、先行企業の利益が過度に 守られ、競争による全体的な技術革新や活性化が制限されるおそれがあるからだ。そこには独占禁止法の精神に通じるものがある。その意味で、知財の保護と独 占禁止法とは車の両輪のようなものといえる。
  また知財戦略を展開する際には公共性への配慮も必要になる。先進国の医薬品メーカーが開発するエイズ薬などの新薬が特許で守られているために、その価格が 製造コストより大幅に高くなって貧しい途上国の患者の手に入らない問題がすでに起きている。エイズ薬については二〇〇三年八月、途上国が安い「コピー薬」 を調達できるよう、特許権保護を緩和することがWTOで合意された。

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